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akane's diary

ほぼ音楽とアイドルとアニメ(アニソン)の話

12月28日 NEURO pre-30th at 新宿URGA

Neurotic doll 30周年の前祝い?な位置づけでいいのかな。いわゆるポジパンの出演するイベント。
正直、ポジパン系にめちゃくちゃ思い入れがあるかというとそうでもないんですが、やはり耽美な世界に対する憧憬はあって、まあヤマジさんもでるし折角の機会なので行ってみました。

dummy xD

若手バンド。ボーカル・ギターの人が内股で佇み曲間は両手で髪をいじってるという「そうそうこんな感じ」をそのまま具現化してて素晴らしい。曲もゴシックなノリながら疾走感あってなかなか素晴らしい。

餓鬼道 + アリスセイラー

マリリスですよ!その名のみ聞く伝説のバンド(いや音源聞いたことあるけど)のボーカルと最近?復活した餓鬼道とのコラボ。いやもうこの見てはいけないものを見ている快感というか、すべてを超越した者のみが発しうる凄みというか、まさにアンダーグラウンドなかっこよさ。「わたしはここにいる!」という意識がそのまま曲となり唄となり演奏となるその存在感が素晴らしすぎる。

アリスセイラーが始まってすぐに前置きなしで客席にダイブしたものの女性が多かったために皆が避けてしまい床へ激突してしまったのも本人には申し訳ないものの少し感動してしまった。

MADAME EDWARDA

年をとり、決して華麗とはいえない体型で白塗りをしパフォーマンスをする。全く関係ない人がその姿を滑稽、醜悪と後ろ指指すことをやめさせる術は私にはない。しかしそれがなんだというのか。いつだってロックは孤高の存在であり反抗の音楽なのである。

自分を形成し肯定するのは自分であり他人ではない。自意識を捨て他人の美意識に身を委ねる人が奏でる音楽がおもしろいわけがない。

前段でも述べたが、「これがわたし(のパフォーマンス)だ!」という強烈な主張こそが素晴らしい音楽の土台となるものであり、だからこそ美しく気高いのである。

シアトリカルなゴシックロックを圧倒的な存在感で披露するMADAME EDWARDA。その仕草も含めて素晴らしい確信さで充ち満ちており、これで関心/感動できなきゃもうこの手の音楽があってないとしか言いようがない

とか言っといてアレですが、やはりボーカルのZinさんは白塗り上手い(笑)。あとギターは川上さんだったような。

Neurotic Doll

これまた強烈な美意識を舞台作りから爆音のオープニングミュージックと反宗教的なイコンを次々を映し出すスライドショー、そして灯した蝋燭を持った三角頭巾をかぶったの男女が客席に降り立ちつつ始まったライブは、ポジパンな中にも中近東的な雰囲気を醸し出しつつ、これまた独自の美意識に基づいた素晴らしいもの。

重厚かつメタリックなドラムとベースに加え、キーボード(マニピュレータ?)による荘厳な趣き、そしてヤマジさんを含むギター2人の重奏的な演奏も圧巻。ハードロックやヘヴィメタルとはまた違った荘重的な音の存在感(特にドラムがよかった)がとにかく凄まじく(もちろんPA的な貢献も大きいと思いますが)、ライブでしか味わえない醍醐味を堪能。

 

夏にあったNG Liveでも少し触れたのですが、何もロックバンドの表現手段は唄や演奏だけではない、コンセプチュアルな舞台、衣装、仕草など、そこに人がいて何かをやること、もっといえばそこに佇んでいること=意識の表現である、ということの重要さというか素晴らしさを今回のライブでも経験した。つうかこういうライブが好きなんだな、わたし。

そして、もう少し特筆すべきなのは幕間のDJ。これがもう素晴らしすぎる。特に餓鬼道〜MADAME EDWARDAの間に流れた曲はめちゃくちゃかっこよかった!あれなんて曲なんだろう。